こんばんは。フェデリコ・フェデリチです。
2025年の秋アニメについて感想を書いておこうと思います。
「機械じかけのマリー」
ストーリーはラブコメ。ありきたりではありますが、それだけに演出やキャラクターの良さが伝わってくる作品でした。
何よりもまず、登場するキャラクターが良い。適度に味付けが濃いというか、出れば出るだけ面白い巧みなキャラ作りでした。やっぱりラブコメって主役の二人だけでは面白くならなくて、ロイやマリー2、ロイやメイナードといったレギュラーキャラに加えて、アーサーファンクラブとか生物部がいることでガヤガヤして面白くなるんですよね。
ストーリーも、ありきたりと言いましたが、アーサーとマリーが互いを想い合うようになるだけでなく、アーサーがマリーと出会うことで人間一般に対しても心が開かれていくという点はとても良かったですね。この変化って物語の中で殊更に強調されていなかったのですが、アーサーが記憶を失くすことでマリーと出会う以前の状態に戻り人間不信に陥るのを見てはじめて、アーサーがストーリー全体を通じて性格が柔らかくなってんだということに気づいて感動しましたね。それを描けていたのも、アーサーとマリー以外のキャラクターがいてくれたおかげだと思います。
「友達の妹が俺にだけウザい」
これはあんまり面白くなかったですね。
理由ははっきりしていて、ヒロイン同士の絡みが一切なかったからです。僕はこういうアニメを主人公よりもヒロインに興味を持って観ているのですが、その場合ヒロインと主人公の絡みよりもヒロイン同士の絡みの方が、2倍効率が良いんですよね。いもウザにはそれが(ほとんで)なくて残念でした。
こういうアニメって友達の妹と幼馴染が主人公を取り合って喧嘩するようなことが多いと思うんですが、このアニメではすぐに仲良くなったのも嬉しくなかったし、仲良くなったらなったで、二人の間で何かが起きるということもなく、ずっと主人公の大立ち回りを見ているだけでした。
もっとヒロイン同士のやり取りを観たかったなという感想です。
「永久のユウグレ」
この作品は、面白かったんですが、期待していたほどではなかったかなという印象でした。
いくつか原因があると思うんですが、一番はストーリー構成ですね。このアニメは複数のエピソードから成り立っているのですが、エピソードが終わってもその回が終わらずにそのまま新しいエピソードが始まるようになっています。つまりエピソードの切れ目とアニメの話数の切れ目が一致していません。
エピソードと同時にアニメが終わってくれないと、うまく余韻に浸るということができません。普通アニメ観ている時間よりも観ていない時間の方が長いわけですが、観ていない時間もアニメのことを考えているはずです。アニメを観ていないけどアニメのことを考えている時間、それがとても大切で、アニメが終わると同時にエピソードが終わると、エピソードについて振り返って考えるということが、自然と成り立ちます。
けれどもこのアニメではそうはならないのです。エピソードが終わると、それはそれとして、次の新しいエピソードが始まる。
最初僕は、アモルを救出した後すぐに次のエピソードが始まってビックリしたものです。アモル救出の直前の回では、アキラとユウグレがアモルを救出するかどうかで決裂します。この決裂は単なる喧嘩ではありません。出会って間もない、互いのことを何も知らない二人が、互いの価値観を巡って争うわけです。
次回どうなるかと思いきや、アキラが救出作戦を強行してお粗末な失敗を演じ、突然ユウグレがやってきて力で解決。各話の終わりに次回への「引き」を作りたかったのかなぐらいには思いますが、一話分の何かを(勝手ながら)期待していたこちらとしては肝心の見どころを省かれたようでガッカリしました。
ストーリーについて気になる点は他にもあります。例えば最終話でアモルとヨイヤミが合体する展開は、あまり良いものとは思えませんでした。二人の結婚ではなく三人のエルシーを望むアモルと、トワサへの想いとユウグレへの嫉妬に苦しむヨイヤミ。どちらもアニメを作り出すだけの面白さはあると思いますが、ごちゃ混ぜにしちゃったら何がなんだか。
ユウグレとヨイヤミが対決する場面はたくさんありましたし、決闘をする場面さえありました。ユウグレとヨイヤミの不和はそこで問題にすることができたはずです。対してアモルは、何度も想いをぶつけていました。戦闘に入らないと向き合うことができないんだとしたら、残念なことです。
ここまで酷評めいたことしか書いてませんが、全体としては高く評価しています。道中のエピソードはいずれもアキラたちの価値観に問いを与えるようなものでした。一方でそれは恋愛というテーマに限ったものが多かったのですが、それでも見飽きるということはありませんでした。
また微小な(つまりナノより小さいフェムト、あるいは一つ一つの影響は知覚できないほど些細であるがその累積によって多大な影響をもたらすような)情報技術によって歪められ狂暴化する(あるいはそのフリをする)人間たちは、SNSで何度も見てきたものです。その末路としての大いなる他者からの管理を望む社会はもはや間近でしょう。王真樹トワサがオーウェルを作り出すまでを描いても良かったところを、電算技術へのバックラッシュとしてのオーウェルを描いた点が実に面白い作品だと思います。
「矢野くんの普通の日々」
このアニメも良かったです。
いわゆるラブコメというジャンルのアニメですが、気持ちを伝えるか伝えるまいかの煩悶がいつまでも続くのではなく、付き合うことになった後の生活も描かれていて、とても良かったです。最終回のほうでも、矢野くんが、自身の暗い過去や今の友人たちに向き合うような展開になっており、日常を描いたラブコメに相応しい終わり方だなと思いました。
作画や演出も良くて、バトルシーンのあるアニメではないのでバンバン動くわけでないんですが、細かい動きや面白い演出があって画面を観ていて楽しかったです。
あと吉田清子役を演じた貫井柚佳さんの演技が印象的でした。裏声の演技が良くて、真面目でしっかり者なんだけど緊張すると気が早ってしまう、そんな性格をした吉田清子というキャラクターを魅力的に表現されていたと思います。これからも貫井さんが出演するアニメが観たいと思いました。
「羅小黒戦記」
今期で一番面白かったです。
作画も奇をてらったような感じでないのに特徴的で、アニメの雰囲気をうまく作り出していました。まったりとした場面でも激しいバトルシーンでも良く見えました。
ストーリーも、精霊というのはフィクションですが、共生や脱人間至上主義というのは普遍的なテーマです。物語の前半では、人間と精霊が異なる存在であることが強調されます。精霊は人間に正体を隠して生きなければならない。少なくともそれが上手いやり方なのだと。一方で物語の後半、特にゲームが登場してからは、人間と精霊の相互理解を目指していました。コミケという非日常に溶け込むことのできる精霊、ゲームを通じて精霊と同じ立場で遊ぶことのできる人間。
あと、ゲームについて。ゲームのシステムは相手を倒すほどレベルを上げられてレベルの高い者ほど相手を倒しやすくて(もっともほとんどのゲームがそうですが)、競争原理を体現したものでしょう。一方でプレイヤー側は、もちろんシステムに乗っかって楽しむ人もいますが、なかには動物としてゲーム世界を遊びまわったり集団で協力して交流を楽しんだりしています。そのような余剰は、現実において失われつつある部分で、そこまで描くのかと驚きました。
キャラクター同士が精霊と人間という垣根を越えて交流していく物語を、2025年に観ることができて嬉しかったです。
「私を喰べたい、ひとでなし」
社美胡さんに、太陽になってほしい。永遠に輝いていてほしい。